人生わりかし後悔しています。

中学校のこと、高校のこと、中高一貫校のこと、大学のこと、大学受験のことなどの覚書をこのブログにまとめました。オススメの勉強法や私自身の失敗談なども掲載する予定です。

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夏休みの宿題をコツコツやることに意味はない

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Photo via pixabay

 

宿題に効果はない

夏休みの宿題を「計画的に」できなかった子どもが半数以上いるというニュースが記事になっていました。

 

nlab.itmedia.co.jp


しかし、コツコツやる派以外を否定することには違和感を禁じ得ません。一気にやることだって立派な計画ではないですか! ヌルい得意科目や嫌な苦手科目をゆっくりノロノロやるなんて耐えられません。

 

だいたい、復習だらけの夏休みの宿題が大した勉強になるとも思えないし、予習的な内容も結局学校でやるから意味がありません。「宿題で学力を!」なんて、す◯家でネギ玉◯丼を頼んで「野菜が入っているから栄養バランスがいい!」とか言っているのとあまり変わらないではありませんか。

 

それだったら、好きなときにミッションをスマートにこなして、余った時間に好きなことをした方がよいと思います。

 

ということで、この記事では、夏休みの宿題の無意味さについて考えます。

 

 

 

目的に対する本音と建て前

建前上、夏休みの宿題は、

  1. 学習内容の定着と、
  2. 表現力や調査能力のような将来の学習で必要となる基礎的な技能を身につけること

を目的としています*1。なるほど、夏休みの宿題プリント(ドリル)には、1学期でやった内容がふんだんに詰め込まれており、読書感想文や自由研究ではそうした技能が関係しそうです。

 

ですが、本音としては、夏休みの宿題でそんな大層なものが身につくとは思えません。合宿などの本格的なトレーニングを課さない限り、40日という短期間でそうした能力を身につけることは困難だと言わざるを得ないでしょう。

 

所詮、夏休みの宿題は評価をつける手段に過ぎず、これだけやってくれれば努力を評価できるというだけです。宿題に前述のような効果があるというのは、牛丼の栄養バランスがよいと同様、迷信でしょう。計画的にやってほしいというのも無意味な願望であり、(1年に)一度宿題をやっただけで計画性が身につくだなんて、傲慢にもほどがあります。このような希望は打ち砕かれるべきです。

 

計画性が身につくという幻想

夏休みの宿題では、計画性は身につきません。そもそも、計画というのは、監視機構ができて初めてうまくいくものです。監視の目がないところで仕事を真面目にやるほど人間は良心的ではないし、むしろ、(良かれと思って)良心が暴走することすらあります。

 

仮に親という監視機構があったとして、1ヶ月ちょっとの長期計画を年に1回実行しただけでは計画性の修得には至りません。例えば、毎月一定量の課題を課されて、それを月末までに遂行するとき、初めて計画の立て方・実行の仕方がうまくなるはずです。

 

コツコツというルールはない

じゃあ、毎月宿題を課して、それを毎日コツコツやらせればよいのでしょうか? いや、そうではありません。勉強以外にも大切なことはたくさんありますし、毎日勉強ばかりするのでは、やっていけないと思います。そもそも、毎日コツコツやらなければならないというルールがどこにあるでしょうか? 一気にやって完璧に仕上げた人が「あなたはズルをしたので0点です」と言われるような話は聞いたことがありません。

 

実際、一気に仕上げるのも戦略のうちですし、正当な計画の実行手段です。毎日コツコツやるという固定観念(「ルール」は9/1に提出することだけ!)に縛られて宿題を進めることができず9/1に提出できなかった子と、海の日に宿題を全部終わらせて9/1に提出した子では、後者の方が断然えらいはずです。宿題を一気に仕上げる子の計画性も認めてほしいです。

 

学習習慣の維持という戯言

毎日勉強をすることで学習習慣を維持することができるという考え方もあるようです。しかし、夏休みの宿題程度では学習習慣の維持には繋がりません。普段は1日6コマ270-300分の授業を受けるのに、夏休みには1日分が30分程度(×科目数)で終わるような宿題しか課されないはずです。そんなことで、習慣が維持できるわけがありません。

 

それどころか、普段の学習習慣の中心にあった学校の授業がないわけですから、本質は全く違います。新しいことも学べないし、知識のデータベースを更新することはできません。宿題で学習習慣が維持できるなど、戯言にすぎないのです。

 

学習内容は定着しない

同様に、学習内容の定着に関しても、覚えているか確認する程度の意味しかないでしょう。授業がないときに30分程度のワークをやったところで、あっているか、間違っているかだけ確認して終わってしまいます。間違えた部分を教科書や参考書で確認するというプロセスがあればよいのですが、そこまで気が回る人は多くありません。また、教科書の確認という記録に残らない行為だけでは評価に繋がりません。

 

学力の向上という自惚れ

夏休みの宿題程度で学力が向上するわけがありません。あれは子どもの脳の構造に詳しいわけでもない学校の先生、もしくは出版社が作ったものです。学力が向上するという確信など、最初から存在しません。冒頭に書いたとおり、「これをやれば1学期の復習ができたとみなすことができ、評価できる」というだけです。予習的な内容が含まれている場合も、どうせ後でやるのですから、先取りしたところでドヤれるだけにすぎません。

 

お子さんの学力を向上させたいのであれば、塾にでも行かせて、しっかりしたテキストと指導で学校の勉強を先取りさせるのがよいでしょう。その方が先取りした内容を無駄にせずに済みます。

 

まとめ

ここまでの内容をまとめましょう。

  • 夏休みの宿題は様々な能力を子どもに身につけさせることができると言われているが、それはあくまで建て前である。
  • 一気に終わらせることも計画のうち。コツコツやらなければならないというルールはない。
  • 夏休みと学期では勉強のやり方が明らかに違う。学習習慣は維持できない。
  • 夏休みの宿題は成果を評価するものであり、学力を向上させることは期待されていない。


能力向上のために、宿題をちまちまやらされて、苦痛を感じるという子も多いと思います。それだったら、やりたいときにまとめてやって、浮いた時間で博物館や美術館に行った方がよほど勉強になります。得意科目は最初のうちに済ませておきましょう。苦手科目は、余った時間、気が向いたときにまとめてやるのがよいでしょう。

 

おうちの方は、本当にお子さんの学力を高めたいのであれば、無料で配られる宿題に期待するのではなく、きちんとお金を出して塾に通わせた方がよいと思います。

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