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人生わりかし後悔しています。

中学校のこと、高校のこと、中高一貫校のこと、大学のこと、大学受験のことなどの覚書をこのブログにまとめました。オススメの勉強法や私自身の失敗談なども掲載する予定です。

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学校で使う物を失くしても半分は親の責任だ

子どもは物を失くすと怒られる

私は物持ちが悪いです。正確にいうと、物の居場所がわからなくなることが多いです。失くした(忘れた)と思ったら、実は自宅にあった。逆に自宅に持ち帰ったと思ったら、実は外に落としていたということがよくあります。小学校の頃からそう。失くしたと思ったものが、思っていたのとは別の場所から出てくる。失くしたことが親にバレると叱られる……


この記事で言いたいのは、脳の構造を変えろとか、整理整頓をきちんとしろということではありません。むしろ、物を失くしたり壊したりしたことに過剰反応するのをやめろという話です。私が小学生だった頃(今から十数年前)とは、市場や経済の事情は異なっています。物品の価値を喪失したら直ちに怒られるというのは理不尽です。学校で使うものは失くすこと・壊すことを前提に揃えるべきです。

 

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入試前日!ICU入試のアドバイス

ICU入試当日の注意事項・アドバイ

国際基督教大学の入試が明日に迫っています。私はリベラルアーツ学習適性の時代の人なので、総合教養については何も言えません。もう試験前日ですし、楽しんだもの勝ちとしか言えないです。ですが、学内のことはある程度わかるので、少しでも役に立てればと思います。この記事では、なるべく当日の時系列に沿って書いていきます。 (※このブログは国際基督教大学の公式情報ではありません。)

 

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入試で気をつけたいこと まとめました

試験会場の注意事項

もうすぐ一般入試が始まるということで、受験生にとっては色々と心配なことがあるかもしれません。そこで、ささやかではありますが、先輩としてのアドバイスを載せておきます。

教室の不確実性

規模がわからない

第一に、試験会場は本当に学校によって様々です。大手でもキャンパスによって全体的な規模が違いますし、教室の大きさ・容量も異なります。英検や模試を近所の大学で受けたという方もいるかもしれません。でも、その大学の教室はあくまで一例であって、全体ではありません。例えば、筆者の母校・国際基督教大学(ICU)では、大きな講堂は1つしかなく、その他の大教室は100-200名程度(つまり、試験時は3分の2-2分の1程度)しか収容できません。もちろん、小規模なキャンパスでも講堂に割り当てられる場合もありますし、大きなキャンパスでも小教室に案内される場合があります。基本的には運次第です。最初に受けた大学を基準にして、慣れた気にならないでくださいね。

 

机がわからない

第二に、教室によって机や椅子の種類が変わります。例えば、大きな大学の講堂では、椅子と後ろの机が一体化している場合があります。前の人の貧乏ゆすりなどが伝わってくるかもしれません。また、机が5人がけ以上の場合、真ん中にも受験生が入りますから、真ん中の人も端の人も配慮する必要があります。こればかりはどうしようもありませんね。


机で有名なのは、やはり、ICUタブレット椅子です。あれはすべての教室に設置されているわけではなくて、長机の教室もあります。それから、階段教室(大教室)の上の方は備え付けの長机です。その場合の椅子はバネで戻るタイプの奴だったと思うので、無駄に体力と神経を使わないようにしてください。タブレット椅子自体も、机が大きいものと小さいものがあります。卒業後のことはわかりませんが、小さいものはA4サイズのノートパソコンがギリギリ置ける程度だったので、場所の使い方に気をつけてください。

 

暑いか寒いかわからない

第三に、気温もわかりません。もちろん、大きな講堂は小さな教室に比べて温度の調節がしづらいので、暑いところと寒いところが出てきます*1。脱ぎ着しやすい服装が好ましいというのが一般論です。しかし、実際は気楽に脱げません(特に、講堂!)。脱げずに苦労する・嫌な汗をかくぐらいであれば、寒い方がまだマシかもしれません。着るか脱ぐかは休み時間に決めてください。


足元はできるだけ暖かい服装にしてください。学校で規定されている場合を除いて、制服は避けましょう。制服だと足元が寒いのは必至です。特に、男子は膝掛けの持ち込みを禁止されていると思います。タイツなどを持っている人も少ないと思うので、寒い思いをしないようにしてください。私服でも足元が寒い場合は、コートを膝掛け代わりに使うのがよいでしょう。

 

失敗編

試験でよくある失敗をまとめました。

 

消しゴムが足りない

消しゴムは多めに持っておいてください。落としたことに気づかない文房具第1位です。鉛筆削りも同様です。周りから借りることもできなくはないですが、借りたという事実があなたを緊張させます。それから、貸した側も借りパクされるかもしれません。多めに持っておくことはとても重要です。

 

受験票が見当たらない

入れたはずの受験票が見当たらないというパターンは何回かありました。色のついたファイルなど、わかりやすい場所に入れてください。再発行ができる場合がほとんどですが、やはり、精神的なダメージは避けられません。写真も予備を持っていきましょう。

 

昼食を忘れた

試験のことで頭がいっぱいになると、昼食を忘れることもあるかもしれません。でも、学内のコンビニや学食が開いているかもしれないので、心配しないでください。ただし、もともと昼食の購入を予定している場合は、あなたの近隣のコンビニ等で買うようにしてください。場所によっては大学の最寄り駅から誘導があり、近くのコンビニに寄れないという場合があります。早めに食料を確保することは重要です。食欲は私達の根源的な欲求ですから、食料が確保できていないと、試験どころではなくなるはずです。

 

解答を控え忘れた

解答を控え忘れるという失敗は模試でもあったと思います。今一度思い出してください。忘れやすかったのは、選択問題を消去法で解いた場合です。キズのある部分をバッテンしたはいいものの、結局どれを選んだのかを控え忘れたということはありませんか? 私はどれを選んだかを明確にするために、記号に丸をつけるだけでなく、記号を書き留めることをしていました。特にセンターはメモし忘れが致命的な問題になるので、注意してください。


それから、此の期に及んで解答用紙に解答を転記する時間を考慮していない人はいませんよね? 特に、マークが遅い人は気をつけましょう。

 

文字数が合わない

字数指定がある場合、せっかく作った答えの字数があっていないとタイムロスになります。これの対処法は2つあります。ひとつは、問題用紙にメモする際に、5文字ごとに改行する方法です。これの利点は、掛け算で文字数がわかることです。ただし、句読点を数え忘れやすいという欠点があります。もうひとつの方法は、すでに書いた文に対して、5文字ごとに区切りを入れる方法です。5文字改行に慣れていない人は、こちらの方が楽だと思います。5文字改行に比べて数えづらいですが、句読点を数え忘れるミスは減ると思います。時間は迫っていますから、練習はあまりせず、自分にあった方法を選んでください。

 

追記:試験会場への道のり(17/1/13)

試験に行くときは、普段使っていない交通手段を使う人がほとんどだと思います。移動は確実に朝の時間帯になる上、慣れない場所に行くわけですから、早めに家を出ることが重要です。その上で、交通機関の乱れの影響を避けるため、できるだけ複数の交通手段の候補を用意しておいてください。特に東京24区内であれば、近くに駅がない大学、あるいは近くに別の路線が通っていない場所はあまりありません。東京は雪の予報ではないので、最悪、電車が止まっても近くの別路線の駅まで歩いて行けばいいのです。明日・明後日のセンター試験、日本列島の多くの場所で大雪が予想されていますから、万全の準備をして試験に向かってください。

 

追記:お小遣い(17/1/13)

お小遣いは多めに用意してください。上記のような交通機関の乱れで臨時にお金が必要になる場合があります(他社の路線への乗り換えなど)。それから、昼食を忘れれば購入する必要性が出てきます。他にもカイロや筆記用具など、臨時に買い揃えなければならなくなるケースがありますから、気を付けましょう。そして、移動には当然、交通費が発生するのでお忘れなく。


それでは、ご武運を。

*1:ちなみに、ICUの教室にはオイルヒーターが入っているので、窓際は暑いはずです。

私立中学出身なら成人式に行かなくていい(※)

学内の「成人式」に行こう

私は私立中高一貫校出身であり、成人式には行きませんでした。地元の小学校の同級生とはほとんど会っておらず、打ち解けられるか自信がありませんでした。それに、地元の市長の話を聞いたところで、地元にはほとんどお世話になっていないので。でも、その代わりというのもなんですが、母校の成人記念パーティに行きました。成人式には参加できなくても、母校の先生方や同窓会の方々が祝ってくださるのです。

 

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レポートにおける引用の重要性 キュレーションサイト閉鎖問題を受けて

キュレーションサイトもレポートも同じ

最近、キュレーションサイトにおける不適切な記事や引用が問題になっています。事実と異なる内容を示したり、出典を示さずに転載したり、あるいは専門家でもない人が医療に関する全くのデタラメ・デマを流したりしているようです*1。これが一部の頭のおかしい人がやっている極端な例で片付けられればよいのですが、そういうわけにもいきません。これは物事を発する全ての人が気をつけなければならないことだからです。


身近な例で言えば、学校のレポート。これも誰もが書くものです。適切な引用ができないと最悪、単位没収・落第などの厳しい処分がくだります。皆さんは適切に引用ができているでしょうか?

 

参考

www3.nhk.or.jp

 

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苦手を伸ばさせる日本の教育は苦行

ない才能を伸ばさなければならないのか?

 

「100点はそれ以上にならないから、それ以上勉強する意味はない。」


高校のとき、先生に言われました。これはある意味正解です。あなたが苦手科目を伸ばすのに使う労力は、得意科目を伸ばすのに使う労力よりも小さいからです。なぜそうなるのでしょうか? 単純に考えましょう。あなたが得意科目で98点をとった場合、残りの2点はきっとケアレスミスか、ものすごく難しい問題です。でも、苦手科目で30点をとった場合、残りの70点のうちの多くはあなたが理解していない基礎的な問題です。少し頑張れば点が伸びるというのが、先生の意図していたことでしょう。


でも、これは間違いです。なぜなら、テストのレベルを変えれば100点ではなくなるからです。東大の入試問題、あるいはTOEICTOEFLやIELTSに挑戦してみれば、無力な自分に気づくでしょう。そこで仮に30点(それぞれ実際の配点は違いますが)しか取れなかったら、苦手科目と同じ状況になるはずです。もし、無力な自分に気づかずに定期テストの100点に満足していたら、こうした上級のテストに太刀打ちできなくなります。言い換えれば、100点は限界ではないのです。

 

平均的な人間を育てる教育

日本の中等教育が行なっているのは、平均的な人間を育てる教育です。文系・理系に分かれても、その中で平均的な人間を育てようとします。生徒を定期テストという秤(はかり)に掛けて、重さをはかります。その秤は0から100までしか測れませんし、重さに関係のないステータス(色や形、細部のディテール)は測ってくれません。だから、どんなに歴史オタクであっても、どんなに難しい証明問題が解けても、定期テストには反映されません。「私は江戸時代が好きなんだ」と言っても、「江戸時代はもう満点だから、これ以上勉強する必要はない」と言われるかもしれません。このように、学校教育、特に進学校の学校教育には得意を伸ばすことは期待しないほうがいいです。

 

同じ土俵で戦うということ

定期テストは人を同じ土俵の上で戦わせます。漢字が得意な人も、微分積分が得意な人も、経済が得意な人も、みんな国語、数学、公民(政治経済)という土俵に上げられて、平均的な選手として戦わされます。そして、スコア化されます。ある分野がどんなに秀でていても,
それ以外がダメであれば、その人はダメな生徒です。どの分野もそこそこできて60点をとった人と、ある分野だけ完璧にできて25点をとった人では、60点をとった人の方が優秀です。そのテストが返却された後、25点をとったダメな人は補習授業を受けさせられるでしょう。


極端な話、才能を持っている優秀なはずの人が補習授業を受けさせられて才能を否定されるという状況が発生しうるのが今の教育です。もちろん、苦手な分野の勉強を強制された人たちはだんだん勉強が嫌になっていくでしょう。学力を総合的に数値化するよりも、優れた部分を積極的に認めていった方が人は伸びるのではないでしょうか?

 

苦手はどうするのか?

 

世界で一番たいせつなあなたへ

世界で一番たいせつなあなたへ

 

 

そもそも、私がこの話を書こうとしたきっかけは、この本に載っていたマザー・テレサの言葉です。

 

わたしにできないことが、
あなたにはできます。
あなたにできないことが、
わたしにはできます。
力を合わせれば、きっと
すばらしいことができるでしょう。

片柳弘史(文)、RIE(絵)『世界で一番たいせつなあなたへ マザー・テレサからの贈り物』PHP研究所、2015年、ページ記載なし。

 


私たちは無理に苦手を伸ばすべきではなく、自分の才能を活かして、他の人と補い合いながら「すばらしいこと」をすべきです。たしかに、定期テストは我々に「数学ができない」「関係代名詞がわからない」「古文ができない」という現実を突きつけてきます。でも、だからと言って、神様から与えられた大事な才能を無駄にしてしまっては、生きる意味などないのではないでしょうか?


苦手を伸ばすために得意なことを伸ばすのをやめてしまうのはとても悲しいことです。それこそ得意なこと、苦手なことを誰かと教えあいながら、ゆっくり着実に成長していくことが大切なのではないでしょうか? 学力を測り、競い合うことも必要ですが、楽しい勉強もまた、必要です。

 

調べ学習・レポートなどで出典や主張が的外れになってしまう

その文献、引用していい?

夜遅くの更新になります。皆さんは調べ学習などで自分が参照している本が信用できるのか、引用していいのか、心配になることはありませんか? どこの馬の骨かもわからない学者の本や論文を引用したいけれど、引用していいのかわからない……議論が的外れになるかもしれない……どんなにいいことを言っていても、自分の言いたいことに近くても、レポートや発表のソースとしてふさわしくなければ意味がありません。今回は、どうすればふさわしい出典が選べるかという話です。

 

どこから調査を始めればよいのか

まず、何かについて調査をしたいときには、その何かの大まかな知識が必要です。そこで役立つのが、入門書です。よくわからない人の本から始めてしまうのは、2階の窓から侵入しているようなものですから、玄関から入り直しましょう。入門から始めると、その分野でどういうことが問題になっているのか、どういうことが主張されているのかがよく分かります。そして、参考文献や主要な学者の名前が載っているので、どのような本が参考になるのかも分かります。たとえが極端かもしれませんが、日本料理をよく知らない人が「日本料理の代表例はコラーゲン鍋です。」と言ってしまうような事故を防ぐことができます。

 

入り口から入るメリット

入り口から入る最大のメリットは、頭の中が混乱しないことです。「日本料理の代表例はコラーゲン鍋です。」は日本料理の全体像を知らない人がもっぱらコラーゲン鍋について調べて書いた意見だと思います。基本を理解していれば、そんな的外れなことは言わないはずです。日本料理の中に鍋料理があって、色々な鍋料理が創作される過程で生まれたのがコラーゲン鍋だということを理解していれば、的外れになることはなくなるでしょう。最終的には、その分野の(研究の)歴史が軽く書けるようになることが理想です。

 

問題になっているテーマを決める

次に、色々ある問題の中で、私はこの問題を調査したい、というのを決めましょう。その分野の中で問題になっていることを選ばないと、調べ学習やレポートとしての価値は低いです。それに、問題が大きくないと調査が進みません。それこそ、どこの馬の骨かもわからない学者の本を参考にしなければなりません。そうして問題を選んだら、入門書に書いてあるその分野の権威の名前や用語を参考にしながら、本を選びましょう。最近では図書館に電子端末があったり、スマホで検索ができたりする図書館も増えてきていると思います。活用してください。

 

意見ありきで調べ始めない

問題と仮説を立てることは大事です。でも、意見ありきで調べてしまうと、的外れな出典を選んでしまう原因になります。パソコンの調査は意見ありきになりがちなので、本から始めるのが無難です。高校生以下であれば、この問題について政府などがレポートを出していないかなどを調べる際に使いましょう。


一方、大学の場合は、大学側が契約しているデータベースを使って検索をすると思います。でも、自分が否定的な意見を持っているからと言って、否定的なキーワードばかりを検索してはいけません。否定的な文献ばかりを集めてしまうと、譲歩や議論の補強ができていない脆弱なレポートになります。色々な考え方がある中で、自分はこういう考えを持っているんだということを意識しましょう。

 

意見を持たずにレポートなどを書き始めない

でも、意見を持ってはならないわけではありません。情報を提示するにしろ、議論するにしろ、自分の意見は必要です。人間が完全に中立になるのは難しいので、結局良いか悪いか、どちらかに偏ってしまいます。それに、主張のないレポートは具のないサンドイッチのようなものです。美味しいサンドイッチを作るためには、どういうサンドイッチを作るか決めてから調理を始めてください。


肯定的な内容で書きたいなら、否定的な意見は補強に使いましょう。否定的な内容で書きたいなら、肯定的な意見を補強に使ってください。調べた内容はそのまま提示するのではなく、自分の主張に絡めて利用します。「私はこう考える*1」「たしかにああいう意見もある」「◯◯はこう言っている」はレポートにとって必要な要素です。間違っても、誰かの意見を自分の意見として発表しないでください。

 

新発見は求められていない

このように、レポートにおいては、ふさわしい文献を選んで、ふさわしい使い方をすることが必須になります。たしかにレポートの題材というと奇抜なものを選びたくなりますが、新発見を求められるのは大学院生からだそうです。道無き道を進むよりも、すでにある道の中で自分らしい意見を見つけ出すことが大切です。

*1:レポートに主語「私」を使うことは奨励されません。「私は◯◯と考える」ではなく、「◯◯である」と言い切ってくださいね。

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